勘違い。
僕は、立命館中学に通っていた。
二年生の二学期から深草に移転するのだが、それまで北大路にあった。
校舎は古く、戦前からあり、地下通路には射撃練習場があった。
当時でも入れなくなっており不気味だった。
食堂も雰囲気のある食堂だった。
学校の食堂なのに、やたらと濃い醤油のスープでやたらとうまかった。
弁当という個数制限のある、その名の通り弁当があり
弁当と交換できる厚紙を3限終わりに取り合うのだった。
僕たちのころまで男子校で、学ランで男子校ならではの雰囲気があった。
文化祭には平女の女子高生が来て、いつしか高校生の先輩みたいに付き合ってみたいと思った。
定期を買うにあたり、証明書を学校の事務所で貰う必要があった。
証明書を書き込んでいくと、部という項目があった。
僕は迷わず、柔道部とかいた。
事務所の人にそこは次から書かなくていいよと言われた。
立命館は大学まであり、中学生も大学生も共通の用紙を使っていたのだ。
大学生が学部を記入する項目だったのだ。
当時の僕にとっては、豆の煎り方ぐらい、わからない項目だったのを思い出す。
公平
高校の学食、確かに美味かった。
1番好きだったのは「トンカツ定食」たしか380円ぐらいだった。
お肉は叩きすぎたせいか、ペラペラ。
でも衣が甘く特製ソースもよそでは食べられない美味さだった。
友人の塩ちゃんは、お気に入りすぎて、ほぼ毎日それを食べていた。
昼食時
食堂には、空手部と野球部とサッカー部の1年生がずらりと並んでいた。
先輩の注文を聞いて取りに行くためだ。
今思えば、高校生が考えつきそうな、滑稽なシステムだ。
注文を聞いた1年生は、早く届けるために
ガンガン順番を抜かしていく。
私は順番を抜かされるのは嫌だった。
かといって、そんな大きな部に楯突こうととも思わなたので
昼休みの利用はなるべくさけ
放課後、部活の前によく行った。
お昼にはあれだけごった返す広い食堂がガランとしている。
おばちゃんたちが掃除するのを横目に
ポツンとあの場所にいるのが好きだった。
飲むのは甘い甘いパックの珈琲牛乳。
その時間、自分と同じように食堂を1人で利用してる人たちもいた。
皆お互い学年も違うし名前も知らないが常連だった。
同じような考えをもってその場にいた人もいただろうし
また別の理由の人もいただろうけど
結局1度も話したことはなかった。
しかし、なんとも言えない変な親近感があった。
今彼らはどうしてるのかな。
ひょっとしたら、道こそ違えど
皆、同じような人生を送っていたりするのかな?と
ふと思った。
0件のコメント