携帯小説、考えてみればもう10年ぐらい続けている事になる。
興味のまま書いていてるので、その時、何に興味があるかがわかる。
キャンピングカーに興味があるとがあった。
キャンピングカーに乗り、全国を旅する。
キャンピングカーを導入する前は車で移動してホテルに泊まるスタイルだった。
道も実際に調べた。
泊まるホテルも、実際のホームページを見た。
一年ぐらい書いているとまるで実際に旅行している気持ちになった。
いろんな場所のホテルに詳しくなった。
料理もいいがバーを結構調べた。
ホテルのバー、やっぱり雰囲気がいいのてある。
自分の中ではいろんなホテルのバーにすでに行った気持ちでいる。
今度書く時はホテルのフロントの横にあるカフェもチェックしたいと思う。
公平
何かの本で
創作過程のメモやボツネタは置いとくべきだと書いてあった。
そのとおりだと思う。
その時は全然面白くなくっても
あとで読み返してみたら、ちょっと面白かったり
全然違う角度で、今必要なもののヒントになったりする事があるからだ。
逆にあの時は面白かったんだけど
今見返したら、顔が赤くなるような
珈琲を吹き出してしまうような事が綴ってあったりもする事も面白い。
でもこのようなラッキーな鉱物になるまでには
その存在を全く忘れ去るぐらいの時間、それを寝かせる必要がある。
「あれ?あの時なんか似たような事考えて書いていたけどなんだっけ?」
ぐらいで読み返してるうちは、やっぱりそれはボツネタである事がほとんどだ。
考え方や、周りの環境や相対的な立場や風景が
あの時と全然変わってしまってからこその産物なんだと思う。
とまあ 言ってはみたものの
所詮は自分が創ったものなので、そこまでの鉱物は眠っていない。
その一時だけフィットしたり、評価されるものを「デザイン」と言うのであれば
私のは残念ながら「デザイン」だ。
しかし他の人が創る歌や絵や物語の中には
今も昔も何年経とうが、状況がどう変わろうが素晴らしいものがある。
それがいわゆる「芸術」なんだと思う。
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