お酢と焼酎にバナナにつけるとカブトムシの餌ができるは知らなかった。
カブトムシとクワガタ、僕の体験でいうとクワガタのほうが時期が早い。
最初にクワガタが出てきて、後半、カブトムシが出てくる。
あとクワガタのミヤマクワガタ。
今年もクワガタをつかまえにいった。
木をけるとノコギリクワガタをつかまえることができた。
そっから父が何回かつかまえにいき、ノコギリの小さいの、メス二匹、カブトムシがくわわった。
つかまえてきたかぎりは最高の環境で住んで貰おうと、クヌギや葉っぱ、おがくずで家づくり。
キュウリや市販のゼリーを置いている。
ノコギリとカブトムシがケンカするので、別部屋にしている。
ノコギリとメスは二匹でカップル成立か。
カブトムシは今は単独でいる。
何とか彼女を見つけてあげたい。
教えて貰ったバナナ漬けも参考にしたい。
クワガタとカブトムシノコギリ家を見ながら縁側でアイスコーヒーを飲む。
夏が来たなと実感するのであった。
公平
スタバの水出し珈琲を飲んだ。
とても美味しかった。
「コーヒーをもう1杯」というボブディランの曲がある。
「欲望」というアルバムの中の曲だ。
私の場合「珈琲をおかわりする」ことに寂しいイメージがあるのは
たぶんこの曲に引っ張られてのことだ。
別にボブディランが好きなわけでなく
中学の英語の授業でこの曲を聴いたことが
今でも印象に残っていて鮮烈だったからだ。
だからボブディランで1番知ってる曲はこれである。
他はよく知らない。
私自信よくよく考えても
これまでの体験で珈琲に悲しい思い出や
嫌な出来事はないのに
なぜかトラウマのごとく淋しさがついてくるのは
やっぱりこの曲のせいだ。
和訳を見た記憶もあるが
あまり歌詞の内容や意味は覚えていない。
だから曲の感じは、淋しいクネクネした感じだけども
ひょっとしたら明るい歌詞かもしれない。
でもこの珈琲のイメージは
私だけではなく日本規模で考えても
そんなところがあるんじゃないのか?
例えば
コーヒーカップに入った珈琲の写真をみて
どんな言葉を想像するか?みたいな
調査をした時に
「休憩」とか「一服」とか以上に
明るい言葉を連想する人っていてるんだろうか?
まぁそらいてるか。
結局なにが言いたいかと言うと
スタバの水出しアイスコーヒーは
そんな私の変なイメージを払拭するぐらい
明るく、楽しく、美味しかったという事だ。