パンクラスピースラボ大阪に28歳から32歳ぐらいまで通っていた。
稲垣組のトップである稲垣さんが現役ギリギリの時であった。
物凄い体をされていた。
行くとたいたい基礎練してからスパーなのだが
それが楽しくもあり怖かった。
一人めっちゃ強い人がいて
体重は100キロを超えていてしかも動きがはやかった。
手加減してくださってるつもりでも凄く重い。
その最強の人が会員さんから膝の関節をきめられタップした。
その後が恐ろしかった。
動きは倍の速さになり、スピードも倍になった。
近づくのも怖かった。
人間、戦うとやられるな、そんなことは防衛本能でわかるのだろう。
潜在的に自分より強いか弱いかを見分けるセンサーが人にはついているように思う。
公平
昔、新日にベイダーが登場し、猪木が負けた時
プロレスを飛び越えて「日本がやばい」と感じた。
実は私が世界を意識したのはその時だ。
当時、たけし軍団が連れてきた演出になっていたのだが
「何をしてくれたんだ」と子供ながら本気で思った。
時同じくして全日ではジャンボ鶴田が全盛期だったように思う。
今でも覚えているのが
タイガーマスクのマスクを脱いだ三沢光晴との試合だ。
鶴田がバックドロップをかなり連発していた記憶がある。
鶴田が勝利し、コーナーに上って観客を煽りながら「おー」を連発していた。
鶴田のことは好きだったのだが
喜び過ぎて少し大人げないんじゃないかと思った。
大人になってから、私の周りには、プロレスを愛している人が
たくさんいたため
私も本気で好きだったのだが、にわかファンに思われたくない事もあり
あまり語ることを控えていた時期もあった。
でも会う人には
「1番好きなレスラーは誰ですか?」という質問を良くしていた。
HGさんは「ディック東郷さん」と
大吉さんは「リングに上がる者すべてかな」と。
八木さんは当時、空手のほうにリスペクトの比重が大きく
何も言わず、佐竹雅昭の「まっすぐに蹴る」という本を
貸してくださったように思う。
