いろんな鍛え方があるけど、昔は鍛える必要なかったんやろなあ。
日常がトレーニング。
風呂を沸かすだけで、木をひろい、割り、吹いて火をおこす。
水を汲むのも忘れてはいけない。
風呂だけでこれである。
想像を絶する。
現代の人がやると3日持たないだろう。
そしてご飯は粗食である。
逆に昔の人を現代に連れてきたらどうなるだろう。
今日はいったい何をすればいいのだろう。
気持ちの迷子になりそうである。
目標の選択肢が多すぎるんだろう。
風呂を沸かす、これだけでとても大変だから目標とかなくてもいけたんだろう。
昔の人がランニングマシンで走ってる姿を見るとすごく不思議なんだろうな。
珈琲、豆を挽き煎る、こす、めっちゃ大変だったんだろうなあ。
特にこすが。
公平
美山で出会った農家の人に太った人はいない。
みんな若々しく年齢不詳だ。
結局八木さんのいうとおり日常生活がトレーニングなんだろう。
畑にたい肥を運ぶだけで息が上がる。
汗が噴き出る。
先日やり投げの選手が薪割りをトレーニングに取り入れているのを
TVで観た。
それを日常でやっているんだからそれはもうトレーニングなのである。
私自身も旅行業社なのでこのような農業的日常を
体験型のプログラムとして形にしたいなぁと思っている。
労働した後の珈琲はほんとに美味しいし体験してもらいたい。
ただ一方で、先日これまたTVで
アマゾンの「民族ビジネス」を観てしまい
少し考えさせられた。
現地の人達が
出社して裸族のふりのため服を脱いで
ダンスをして写真を撮って民芸品を売る商売だ。
終われば、服をきて家に帰る。
アマゾンが観光地化している。
それを観て、今自分がやろうとしている事が
これと紙一重なのかもしれないなぁと
少し不安になった。 もちろんそんなつもりもないし
そう受け取ってほしくはない。
それこそ私自信が思っていることだが
本当の農業体験と言うならば草刈りは必須だ(笑)。
歴史や文化を守るの名のもとに
いやしくも商売としようとしているわけだけど
ちゃんと伝えるためには、技術や整備は必要なのだろうと思う。
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